一般財団法人 北海道難病連

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機関紙「なんれん」なんれん106号

機関紙「なんれん」106号の主な掲載記事を紹介します

表紙

106号の表紙

(写真:106号表紙)

◎デイジー(CD)版「声のなんれん」があります。ご利用下さい。

2014年度 新法人理事会ほか 開かれる

「2014年度 新法人理事会ほか 開かれる」の記事

(写真:「2014年度 新法人理事会ほか 開かれる」の記事)

新法人の活動方針を承認

北海道難病連の理事会・評議員会・事業委員会が札幌市中央区のホテルユニオンにて5月17日(土)に、また全道地域団体連絡会議が翌18日に難病センターにて開催されました。理事は定数10名のうち9名、評議員は定数47名のうち41名、事業委員は定数31名のうち30名(書面含む)、監事2名、その他、事務局を含め130名の参加でした。

議事に先立ち物故会員へ黙祷を捧げた後、代表理事挨拶、引き続き来賓としてご臨席いただいた北海道保健福祉部健康安全局長 石本みずえ様、一般社団法人日本難病・疾病団体協議会(JPA)代表理事伊藤たてお様からご挨拶を頂き、札幌市保健福祉局医務監館石宗隆様からは祝電を頂きました。

第1部では議案説明と意見交換を行い、第2部に事業委員会、第3部に理事会、第4部に評議員会を開催しました。議案説明・意見交換会の座長は今野悦夫理事(釧路支部)、事業委員会議長には高橋睦朗さん(肝炎友の会)、理事会議長に高田秦一代表理事、評議員会議長には松原玲子さん(旭川支部)をそれぞれ選出しました。

新法人になってから初めての理事会・評議員会・事業委員会の合同開催であり、進行上これまでとの違いに戸惑う点も多少ありましたが、各議題は詳細な報告と熱心な議論を経て出席者の全会一致で承認されました。

会議の終了後には恒例の交流会が開かれ、約60名の会員が参加し活発な交流が行われました。以下に理事会・評議員会・事業委員会提出された活動報告と承認された議事の結果を掲載します。

開催にあたって 代表理事 高田秦一

全道からお集まりの評議員・役員・委員の皆さん、各地から各団体からお集まりいただき、どうもありがとうございます。来賓のみな様におかれましては、業務多忙の折にもかかわらずご参列いただきまして感謝申し上げます。また日頃の難病連の活動へのご理解とご支援ありがとうございます。

私たちはほぼ5年をかけて難病連の仕組みを新法に合わせる法人移行の作業を皆さんの思いを取りまとめつつやってまいりましたが、去年の秋にようやく着地点が決まり、今年の4月1日から現体制で再出発をすることができました。

 関係方面のみな様や加盟団体の皆様にはこの間何かとご心配をおかけしましたが、組織の解体・再構築という重たい事業は成功することができ、重ねて感謝申し上げます。

そういう中これまで何かと組織内の問題の議論が多かったと思いますが、これからは視野を広い世の中に向けて、時代の求めに合う難病患者・障害者と家族の活動を展開してゆくそのための第一歩を決める大事な会議です。本日は北海道難病連が一般財団法人となって初めて各団体で先頭となって活動する皆さんが一堂に会する諸会議の連続開催です。

定款が新しくなり、組織の仕組みや役割が変わって初めての会議ですので、進行は戸惑うかもしれませんが、理事会が事務局とともにしっかりとリードしてまいります。ご協力をよろしくお願いします。難病連を動かす4つの会議を連続で行うことで、関係なさる皆様の間の意見交換がより活発となり実り多い会議となることを望んでおります。なお従来はこうした会議を便宜上「総会」と呼んでおりましたが、新しい定款の上ではそれはできなくなりました。長い時間となりますが、体調に合わせつつ任務を果たしていただければと思います。開会に当たりご挨拶といたします。

2013年度の活動をふりかえって

1.はじめに〜情勢とできごと
様々な劇的な情勢変化の中で、北海道難病連は、多くの課題に対応するための活動を進めました。40年ぶりとなる国の新たな難病対策では、厚生科学審議会難病対策委員会からの提言「難病対策の改革について」が2013年1月25日に発表された後、なかなか新たな姿が見えませんでしたが、厚労省は秋になって「難病の患者に対する医療等に関する法律案」を提案し、事態が大きく進展しました。JPAを先頭に患者団体は厚労省との粘り強い交渉を続け、当初案の見直しが行われました。多くの課題を抱えつつも法案は2014年度通常国会で成立の見込みです。
一方、北海道難病連の新法人移行は、公益法人としての収支相償の点で審議が持ち越しとなり時間切れの迫る中、一般財団法人として再申請することとなりました。その結果一般財団法人への移行が認可され、2014年4月1日から新法人となりました。北海道難病連は旧・財団法人となってから32年が経ち、この間、患者会の役員交替や、激変する政治情勢・社会情勢への対応や市民の意識の変化などを受けて、これまでの活動に加えて新たな活動や仕組みをも求められる時期でした。法人の移行に当たっては加盟団体はじめさまざまの方のご理解と力を得て今日の形を得ましたことに感謝申し上げます。
また北海道難病連は前身の任意団体が発足してから40年目を迎え、全道から集まった会員と共に記念となる全道集会を札幌で開きました。高橋はるみ北海道知事を迎えた開催で、60人以上に上る来賓からお祝いの言葉やメッセージを頂きました。また、稚内支部は20周年、旭川支部も40周年を迎え、記念式典と盛大なクリスマスパーティーで祝いました。
難病連は道議会に超党派の難病対策議員連盟をつくるように呼びかけてきましたが、道議会自民党道民会議の社会福祉議員連盟[柿木克弘会長]の中に難病対策小委員会[村田憲俊委員長]が発足し、難病対策制度に強い関心をもって取り組んでいただく環境が整い、12月11日には柿木議員、村田議員ら委員の5議員が難病センターを訪れました。難病対策小委員会の今後は勉強会を重ね、全ての会派が参加する他県にあるような難病対策推進議員連盟になるように働きかけていきます(超党派の難病対策推進議員連盟を立ち上げるということは確認済みです)
2.北海道難病連の新法人移行
新法人移行後の北海道難病連は、評議員会にすべての加盟団体から評議員が参加し意思決定に関わる仕組みとし、理事会は執行機関となり、理事会の諮問機関として事業委員会を設けました。
疾病団体と地域団体相互のかかわりを強めるために、会員名簿の共同利用を行うこととし、疾病団体に加え地域団体からも会員に情報が届けられることで難病連の活動に相乗効果を期待できるものとなりました。
新法人への移行には2年以上もの期間をかけ法人対策委員の皆さんで深夜まで議論をかさね、加盟団体の理解に基づいた体制の構築に時間はかかりましたが、皆さんの協力があったからこそ移行することができました。公益財団法人の申請は7月に行いました。経過としては公益法人としての収支相償の点で8月と9月に公益審議が持ち越しとなり時間切れの迫る中、急遽10月27日に臨時総会を開いて事態を共有し思いをひとつにして一般財団法人として再申請することとしました。そして11月11日に一般財団法人への移行が了承され、2014年4月1日から新法人に移行しました。
新法人への団体の加盟はおかげさまで滞りなく進み、新体制が始まりました。各地の役員研修会では難病連の仲間をつなぐしくみ作りや運動の進め方などについて議論を進めています。
支部は独自の規約を作って独立しながら新たに難病連に加盟しました。事務局は規約規定類の更改作業など多忙を極めながら無事に移行手続きを終えました。
3.難病連創立40周年と第40回全道集会(札幌大会)
今年は北海道難病連の創立40周年にあたり、機関誌で創立当時に関わった3人(伊藤たておさん、白勢美智子さん、高野喜久治さん)の方々による座談会を特集し、また「北海道難病連の歩み」を刊行しました。8月3・4日札幌で開催された40回目の全道集会には初めて北海道知事を迎え、記念講演の作家小檜山博さんによる「一人では生きられない」が好評でした。祝賀会ではピアノのコンサートがありました。
2日目の分科会では厚労省健康局疾病対策課長の田原克志氏、北海道医療センター院長菊池誠志先生、JPA代表伊藤たておさんによる「新たな難病対策特別分科会」も開催されました。二日間の参加者は合わせて1300人以上でした。企画があまりにも盛り沢山となって、ご批判もいろいろ頂きましたがこれらを承り真摯に受け止め次回に備えたいと思います。また特別分科会に参加できなかった患者会では医療講演会などを企画し、1年ぶりの再会に話が弾み、患者会の交流も活発に行われました。
4.新たな難病対策への取り組み
2014年の秋になって厚生労働省は、難病医療のため2015年施行をめざし新法を作るとして、矢継ぎ早に構想を打ち出しました。提案された「難病の患者に対する医療等に関する法律案」の骨格はJPAの「提言」を反映しているものの、想像を絶する難病患者の高額な医療費自己負担など、到底私たちにとって許されるものではありませんでした。しかしJPAの意見表明や患者団体の粘り強い話合い、「難病フォーラム2013」などを通じて患者会の思いは世論の支持を得、これらの活動により多少なりとも押し戻すことができました。フォーラムなどの中央の行動にはできるだけ私たちの代表を送って集会の成功に寄与しかつ情報の収集を行いました。
小児慢性特定疾患も同様に児童福祉法の一部改正として提案され議論されましたが、まだまだ問題が山積しております。トランジション(子供から成人への変わり目)問題・対象疾患の見直し・就労支援・家族支援をも視野に入れて真剣に議論を重ねていかなければならないと考えます。
混合診療についてもJPAは「国民皆保険を根底から覆すことになりかねない問題で議論を重ねていかなければならない」と発信しています。この問題については、これまでも疾病団体(部会)によって様々な意見がありましたが、私たちは今一度難病患者全体のこととして正面からしっかりと議論をしなければならないと思います。
また北海道難病連は患者会の意見を「高橋北海道知事への要望書」にまとめて道に届け、12月5日には保健福祉部長との懇談会が実施されました。要望書の内容は全国知事会で厚労省へ、意見として反映されています。
4月からは障害者総合支援法による難病患者への障害福祉サービスが始まり、各地の支部が勉強会を行い難病や障害を抱える当事者として窓口に出向き、難病の特性を市町村に伝え利用促進のための活動をしました。初めての施策であり申込みにはまだまだ未知の部分がある中で健闘し何件かの受給を実現させました。
またリーダーや会員の研修のために札幌支部との共催で「新たな難病対策学習懇談会〜今、難病が変わる」連続講座が開催されこれまで3回実施されました。
5.JPAの活動と全国的な取り組み
請願署名は2013年度の国会で6年ぶりに衆参両議院で採択となりました。2014年度JPA国会請願署名・募金は41,917筆、583,940円の協力を集めることができました、皆さんの取り組みに心から感謝いたします。
難病新法の骨格が提示される中、難病・慢性疾患全国フォーラム2013は、許しがたい高額な患者負担を押しとどめるべく世論を喚起しようと盛り上がり、北海道からは5部会8名を派遣しました。マスコミなど社会の支援を受けて法案に記載される患者負担を引き下げることができました。
難病対策の啓発に全国で取り組まれた行事として、2月最終日のRDD(レアディジーズデイ)がありますが、道庁ロビーで開催する北海道難病連の行事が今年度で3回目を迎えパネル展示や小島盛史さんのチェロミニコンサートが定着しました。
2015年も道庁ロビーの開催が決まっていますが、その後の開催についての会場・内容についてはより皆さんに参加してもらえる内容にしたいと思います。
6.相談支援活動
道の委託事業の難病医療福祉相談会はオホーツク管内遠軽町で実施しました。予定したもう一か所は施設の都合で開催できませんでした。遠軽町では昨年の事例に倣い前日にリウマチの医療講演会を開催し、地域の患者や関係者に喜ばれました。地域では難病の専門医療がますます遠のき、この事業の役割は増大しています。
難病連の相談として加盟団体によるピアサポートによる相談活動も大事な事業なのですが、いま難病連の相談室は限られた人材で相談業務だけではなく難病対策や全道的な課題に取組んでいるため多忙を極めており、状勢に応えるには不十分な部分もあります。
そのような中で難病センターを利用した患者会サロンが広がるなど、会員、非会員を問わず広く難病患者の要望に応える活動が続けられています。
7.就労支援活動
厚労省が全国15か所のハローワークに難病患者の就労相談を専門に担当する非常勤職員「難病患者就職サポーター」を配置することを決め、北海道では難病連が人選し事業をフォローしています。情報提供の結果10人の若者が仕事につきました。
また札幌市委託事業の難病医療相談会(2月28日)で就労問題が取り上げられ、蘆田知史医師や道中小企業家同友会障害者問題委員会の斎藤規和委員長ほか行政関係者などが課題提起やアドバイスを行いました。これらの就労支援のための取り組みを持続させ発展させることが大切です。
難病患者の就労支援では、北祐会神経内科病院の福祉売店が、先方との間で一定の合意を得られ今後も継続されることになりました。
8.資金・収益事業活動
 北海道難病連として自主財源を作る活動である募金箱、協力会への協力を呼びかけ、また正月飾りやビアガーデン利用券、チャリティーバザーにも取り組みました。
バザーは都合で一日開催となりましたが、関係者の奮闘により売り上げの極端な落ち込みは避けられました。いま社会全体に節約機運が高く、一般からの寄付は少なくなり難病連の事業の特徴・ブランド性のアピールがいまひとつ足りないと思われます。公益活動を行うための募金や収益活動を拡大基調にしていく工夫はこれからの大きな課題です。
また福祉機器事業は現在の利用者はもとより一般社会に対してもしっかりとアピールし、事業のさらなる拡大を目指さなければなりません。
9.組織建設の活動
難病連は支部作りを進める活動の一環として道北地区支部協議会と隣接支部の協力を得て紋別地区(会員数44家族)と網走地区(会員数162家族)にアプローチしました。網走市での会員交流会では北見支部の応援のもと網走保健所の全面的な協力をえて13名の会員が集い(総勢で22名)難病連への思いや期待を語り合い今後に繋がるものを得ました。紋別地区は難病医療相談会を遠軽町で行い保健所との意見交換を行いました。なお根室支部は支部長の逝去により活動を一時休止することとなりました。
難病センターに同居している3つの専門団体(北海道ソーシャルワーカー協会、作業療法士会、理学療法士会)との意見交換会を行いました。
10.おわりに
新法人への組織の移行が無事終了し、加盟団体の関係者の皆様には心からお礼申し上げます。やり残した課題は新法人へ持ち越しますが、今必要なこと出来ることから一つ一つ確実に実行していきましょう。
新法人となったことを機として、仕組みがもっとより分かりやすいものとなり、加盟団体との関係を一層強めることによって今後の活動が活発化することが期待されます。

2014年度活動方針

A.はじめに
北海道難病連は2014年4月1日をもって新法人に移行し、「一般財団法人北海道難病連」として再出発しました。
難病連も40年の間に活動家の代替りがあり、また政治情勢・社会情勢は激しく動き、市民の意識の大きな変化などがありました。この間、北海道難病連はさまざまな場面で歴史的な役割を果たし、2013年に国の難病対策は難病患者の実情を踏まえて実施されてきた施策から、法律に基づく施策・難病新法を作る方向に舵を切りました。こんなタイミングで難病連は法人移行を成し遂げ、運動の課題も活動スタイルも時代に合わせて変わる時期となりました。40年間積み上げてきた活動はそのままというよりもさらに強力に継続されます。
新法人は評議員会をすべての加盟団体が等しく意思決定に関わる仕組みとし、併せて会員名簿の共同利用を行うことで疾病団体と地域団体相互のかかわりと連帯を強め、難病連の活動に相乗効果が期待されるものとなりました。情勢の変化は大変早くかつ厳しい内容ですが、今後は活動を進めながら私たちの組織を研さんし、一緒に進んでまいりましょう。
これまでのように北海道難病連は、医療体制の整備・安心して療養できる福祉制度の充実・全道の専門医療機関や市町村と連携した総合的な難病対策の確立をめざして、道及び市町村の理解を得ながら地域に根ざした活動をおこなってまいります。またこれらの課題を解決するには多くの住民と社会に理解と協力を求めていかなければなりません。そのためには社会に開かれた組織づくりや活動が必要であり、疾病団体と地域活動を支えている支部との連携・連帯を強め、新しい時代の運動をここから切り開いていきましょう。
B.重点課題と活動
1.一般財団法人の体制整備
新法人の体制は基本的には完成していますが、意思決定をする評議員会や新規開設となる事業委員会など新たな部分もあり、思いをひとつに力を合わせられるように役割の運用や会議の運営方法を工夫していきましょう。また31疾病団体・19地域団体のすべての団体が等しく加盟関係となったことから、疾病団体と支部、本部と支部の新たな関係作りを目指します。積み残した課題があれば早急に解決させましょう。
2.新たな難病対策への取り組み
私たちが求めていた難病・長期慢性疾患と小児慢性疾患患者の総合対策は、難病新法の制定と児童福祉法の一部改訂という形で一定の決着をみました。しかしながら私たちにとって患者の暮らしに接する部分では多くの点で未解決のことが残っています。これらは法案が通ってから審議会の議論に移ります。審議会にJPAと共に患者の声を届ける活動を継続させましょう。混合診療の導入についてもJPAとともに難病患者全体のことを考えて議論しましょう
3.新たな難病対策について市町村や関係団体へ啓発と協働事業
難病新法は難病対策が国の社会保障制度の一環となり、難病の公費助成の対象とされる300疾患に対応する相談活動の強化や、患者会活動について私たちも準備をし、必要な助成を要望しましょう。小児慢性特定疾患でも積み残された課題であるトランジッション・対象疾患・就労や家族への支援を視野に入れた議論を進めなくてはなりません。また国民の理解を促進し患者の社会参加のための施策として難病新法が構想する地域施策「(仮称)難病対策地域協議会」は、新しい難病対策の目玉であり、北海道と難病連が全国の典型をつくる役割を担うもので、関係を密にして実施に備えます。北海道議会には自民党・道民会議の難病対策小委員会との勉強会を繰り返しながら、超党派の難病対策議員連盟を作っていくよう働きかけていきます。
一方障害者総合支援法による難病への福祉サービスは動きだしました。ひきつづき道民への難病啓発とともに、自らの権利を行使拡大する普及利用努力と制度の充実を進めましょう。札幌市の障害者支援事業所の登録を目指します。
4.新しい疾病団体活動・地域団体体制の構築
イ)札幌市とはこれまでも継続して難病医療相談会などの事業を行ってきましたが、札幌隣接・近郊の市でも活動が見えるようにしましょう。
江別市(150名-2013年3月末現在-以下カッコ内は会員家族数)石狩市(81)千歳市(70)恵庭市(52)北広島市(83)小樽市(204)で、これらの市は団体活動の支え手も多いが、この地での難病連や所属団体によるイベントは2012年度2013年度とも記録されておらず、難病連の影響は希薄となっています。千歳保健所・江別保健所・小樽市保健所に働きかけて疾病団体のミニ医療講演会や難病関連イベントを企画して存在をアピールしましょう。
ロ)地区支部役員研修会の対象者拡大をはかりましょう
公益的事業の一環として、名称を「地域団体合同研修会」と改め、役員に限らず広範な会員や協力者・ボランティア・医療関係者に向けて、難病問題の啓発をはかっていきましょう。一般情報と幹部情報を分けた開催の形式は各支部の意見を聴き工夫しましょう。
ハ)支部空白地帯へのアプローチを継続し結果を出しましょう
継続課題で現在取り組んでいるのは中空知(146名一2013年3月末現在一以下カッコ内は会員家族数)、網走(同162)、紋別(同44)の3地区で、うち中空知と網走は2回目の呼びかけ人(世話人)会や疾病団体患者の集いが期待されます。紋別地区は管内支部の一本化を求められており、遠軽支部(111)の統合拡大も視野に入れる必要があります。なお遠軽と紋別間の距離は約45kmあり工夫も必要です。北見網走間は57kmの距離があり北見支部の支援は貴重です。そのほか留萌地区(125)でも支部の可能性があり、活動家会員の掘り出しと把握が急がれます。どの地域も疾病団体の理解と支援が成功のカギを握っています。
5.就労支援
難病患者の就労問題は発症による失職や若年発症による就労困難の解消です。医療の進歩で難病が慢性疾患化し、患者の要望も切実な状況となっています。難病患者の就労対策活動の整備では、一般就労でハローワークなど就労支援の仕組み再構築と活動は再開しましたが、就労支援の要望は強く事業が継続されるよう国や道に働きかけます。道の障害者就労支援に難病も対象になるよう道や道議会に働きかけていきましょう。福祉的就労の部分でも難病連支部が行う施設事業の課題として、各支部間の連携や就労支援施設懇談会の実施、関係する行政との協議会に応えてきましょう。
6.自主財源拡大の取り組み
各種の事業や豊かな活動、組織運営を継続させるための難病連呼びかけの自主財源つくりは、今年度からは扱い団体への還元割合も加盟団体に厚くなるように変わりました。運営協力会、募金箱、自販機、正月飾り、チャリティーバザーなどの取組みをさらに工夫し拡大しましょう。
また加盟団体で札幌・函館・旭川の各営業所での福祉用具の販売・貸与事業をPRし、利用促進を進めましょう。福祉機器事業は難病連が難病患者のための公益活動を確実にするために開発し、公益認定の過程でも認められた誇るべき仕組みです。新法人で北海道難病連は公益財団法人にはなれませんでしたから、活動を支える柱となるようにこの事業を更に育成し、推進しましょう。
7.第41回全道集会の道民集会としての成功を
今年の全道集会は新法人を関係者に披露する記念すべき第41回で、札幌開催です。疾病団体が全道の地域の仲間と連帯し、ともに難病連の歴史と運動の意義や活動の成果を確かめあうことはとても大切な活動です。また難病連の思いを外部に発信する最大の行事です。全道集会への理解と支援を広げ、取り組みを成功させましょう。あらたに他団体との実行委員会を作ることができないかを模索しましょう。
8.そのほかの課題
疾病団体の中にある共通の課題を共同で解決していきましょう。
イ)難病患者・障害者の家庭内介護で苦労をされている家族の多いことと思います。無償の介護者=ケアラーへの対策は大変遅れています。声を挙げ仕組みをつくり対策を要望していきましょう。
ロ)難病や障害を持つ子どものことへの対応が難病連全体として遅れています。小児難病への新たな対策も始まります。私たちは難病の子どもと親たちの受け皿になり、子どもたちの明るい未来への展望を描こうではありませんか。小児難病対策、成人移行問題対策、教育対策など課題解決はこれからです。
ハ)RDDキャンペーンの14年度は会場も決まっており道庁開催となりますが、その先については検討をします。

全国難病センター研究会第21回研究大会(京都)

「全国難病センター研究会第21回研究大会(京都)」の記事

(写真:「全国難病センター研究会第21回研究大会(京都)」の記事)

3月8日・9日に開催されました。北海道からは総勢25名、北祐会神経内科病院から2名、表皮水疱症の会、ALS協会北海道支部、函館支部6名、札幌支部から5名、事務局2名、難病支援ネット4名が参加しました。

就労、ピアサポート、相談・支援センター、コミュニケーション支援、災害、患者会などのテーマに沿った報告がされました。北海道の参加者からは、「『大震災に学ぶ集い』等の取組について」(札幌支部・高正さん)、「稀少難病の孤立化をなくす〜患者会との情報連携の提言」(表皮水疱症友の会・宮本さん)、「難病患者就職サポーターの活動状況と今後の課題について(難病患者就職サポーター・浅川さん)の3本の発表がありました。

印象深かったのは、笠井健氏(北良株式会社)による研修講演で、東日本大震災時に医療用ガス支援活動を行った体験が語られました。震災当時の写真などを交えて、患者さんの安否確認とともに酸素ボンベの供給活動を行った様子が時間を追ってリアルに報告されました。その当時の取り組みもさることながら、津波の教訓を後世に伝えるために高台を目指して走るお祭りの実施などにも取り組まれていることが紹介されました。大変心に残る感動的なお話でしたので、ぜひ北海道内でも多くの方に聞いてもらえるような機会が作れたらと思いました。(全道集会で記念講演予定)

★次回の難病センター研究会第22回大会は11月9日東京で開催されます。その前日には難病フォーラムがあるそうです。さらに来年2月には高知県で第23回大会が予定されているそうです。全国の経験に学ぶ貴重な機会なので、多くの人に参加してほしいと思います。

全国難病センター研究会参加して 日本ALS協会北海道支部 佐川優子

私は、朝、3時おきして飛行機は、8時5分に乗りました。神戸空港着は、10時で電車やバスで会場のホテルまで移動しました。京都の町を見ていきました。歴史ある街に来たことは満足でした。私達は、ホテルが会場なので2泊3日しました。スタッフの申し出あり京都の町を観光しました。震災の年に[障害者の震災爪痕]短いパワーポイントを私はさせてもらいました。関係者と友達になり今回会うことになりました。午前中に会場に着いて受付をしました。

会場に入りました。講演者は、さまざまな分野の方がスピーチしました。私は、全部聞きました。ラッキーでした。日本ALS協会の金沢事務局長や他にいました。私は、就労に興味がわきました。ALS患者だし高齢です。就労は無理ですが、ボランティアならできると思いました。こんな佐川ですが声をかけてください。

新たな難病対策学習懇談会

「新たな難病対策学習懇談会」の記事

(写真:「新たな難病対策学習懇談会」の記事)

障害者総合支援法施行から1年〜障害福祉サービスを受けて思う事、考える事〜

当日は難病センターで30人の参加で行われました。最初に基幹相談事業所の荒川倫代さんから事業所の業務内容など報告があり、質疑応答が行われました。その後、札幌支部の高正さんから障害福祉サービスの変更点が報告されました。そして、体験発表で4人を経験(うち2人代読)が話されました。

  1. 窓口でサービスが断られた。役所の担当者もまだよくわかっていないのでは。
  2. 昨年の早い時期から障害福祉サービスに関する講演を聞いて、申請し、自宅の階段の手すりなどをつけることができ、大変助かっている。
  3. 靴(補装具)の申請に際し、自分の思いを手紙に書いて医師に見せ、医師がそれを汲み取って、診断書を書いてくれたために、申請が通って大変助かっている。
  4. 家族が在宅でいると、サービス利用を認めてもらえない場合が多いが、家族の状況も伝えた上で、認めてもらい、ヘルパーの利用ができることになった。

などの体験が話されました。札幌市の障害者相談事業所の位置づけ(現在18ヶ所)と基幹相談所の果たす役割を理解する機会となりました。参加者から、ご自身の経験にもとづき「相談事業所をもっと利用した方がいい」との意見が出されました。最後に外部から6人が参加されており、そのうち4人の方に感想などを一言ずつ発言してもらいました。

中田輝義さん写真展

「中田輝義さん写真展」の記事

(写真:「中田輝義さん写真展」の記事)

難病連の草創期、全道集会などの行事のたびにカメラマンとして協力してくださった中田輝義さん。18年前に重症筋無力症を発症、郷里の広島に戻り、病気と闘いながらも写真を撮り続けている中田さんの写真展が、5月19日(月)〜25日(日)まで札幌市教育文化会館の4階ギャラリーで開催されました。

写真展のチラシに中田さんはこんな文章を寄せています。「自宅に引きこもりの身。四季折々、朝な夕な、瞬時もとどまることを知らないベランダからながめるこの景色は、雲の流れに心を託した、僕の心象風景なのかもしれない。」

会場を訪れたある方へのメールでは、「写真展会場にきれいな花束をいただきました。(略)モノトーンで殺風景だった写真展会場に(笑)、お花畑をつくっていただきました。(略)今回の写真展「熊野の郷・雲」札幌展の写真のテーマを、札幌のみなさんが温かい共感と理解をもって迎えてもらったことに、僕の人生に新たな深い意味を与え下さった感慨に胸が満たされています。それは多くに人たちに支えられて成し得た成果でもあったでしょうが、やはりこれまで会ったこともなかった人たちと出合えたことも、また大きな喜びでした」と感謝を伝えています。

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